5月22日(日)
南相馬5日目です☆
宿泊所で6時起床

この日も8時から「有志捜索隊」に参加です。
天気が怪しいな・・
頼むから降らないでくれっ(*・ω・)ノ
体力をつける為に、
気合の「朝カレー」を頂きます(☆゚∀゚)

「レトルトカレー」だけどコレが不思議な位に美味しいのだ〜

何でも写真を撮ってしまうのは、もう病気の一種かも・・・
代金を勝手に決め、宿泊所の募金箱にお金を入れます(*・ω・)ノ
出発前にハイポーズ☆

「信國さん・宮崎さん べあ男さん たぬき 高村さん」
あはは、懐かしい面々です


この日の捜索隊には新たに関東地方から参加者が。
しかも女性が増えています。
呼びかけに賛同し、この捜索隊に15名ほどの女性が遠くから駆けつけてきました。
教育関係の方・ママモデルさん・ミュージシャン・ウェディングプランナー・・・
初対面同士、車で乗り合わせて来てる方も多数です。
本当に凄いガッツです
福岡から駆け付けた「朽木君の奥さん」も、
驚いた事にこの日は捜索隊に参加です
この日も「泥掻き兼捜索隊」 「写真等回収兼捜索隊」に別れ、
乗り合いで現場に出向き、この日も横一線に並んで捜索開始。
最後の未捜索地帯を探します。
ワラが溜まっている所。
地面が盛り上がっている所を徹底的に探します。
着衣のまま流される事がほとんどなので、
衣服が地面から見える場合もしっかり探します。
やがて冷たい雨が降ってきました

5月も下旬なのに、この雨の冷たさ・寒さは一体何なのでしょうか
みんな、文句等言わずに懸命に探しています。
みんなこの為に遠くから、人によっては日帰りで参加しているのです。
出来るだけ横一線で並びながら進まないと効率が落ちるので、
申し訳ないけどそのように声をかけます。

海から少し離れていますが、この地点でも震災時には御遺体が発見されたそうです。
雨が強くなってきました。
「前進のスピードアップ指示」を出させて頂きますがそろそろ天候も限界か・・
一人消防車まで走って戻り、団の方と相談し搭載マイクをお借りし
「撤収しまーすっ、戻ってきて下さ〜い
」と声を掛けました。
みんな雨に打たれてもまだ捜索したい様子だけど、
ここの雨に濡れるのは特に女性には避けて欲しいから、
本当に残念だけど一時間程早く中止を決断。
しかしこのまま戻ると別部隊と昼食時間が重なってしまいみんな座れなくなるので、
「有田団長」の計らいにより、みんなに浜辺の現状を見て貰う事になりました。
車の中から惨状を目の当たりにした隊員達は、
TVでは見る事の無かった異常な光景に言葉が出てきません・・・

お子さんが行方不明のままになっている消防団の方の御自宅は、
二階部分だけがかろうじて残っていました。
後日、
「また捜索する予定ありませんか?是非参加したいんです!!」
と、この時の女性隊員からメールがありました。
みんな、気持ちは同じなんです。
詰所に戻りお昼御飯を頂きました。
「お握り弁当
」に、

炊き出しの「ミネストローネ」
熱々のトマトスープが冷えた身体にじんわりと染み渡ります(。・ω・)ノ゙

これを作ってくれた内の一人は「ごみちゃん」事、斉藤さん
福島市在住の彼女は「個人物資の会」で頑張っています。
個人で救援物資を呼びかけ、行政では補えない所にピンポイントで支援。
炊き出しや物資配給をしています。
ネットでの友達でしたが、今回ついに初顔合わせ
福島から60キロ走り、物資を届けては帰る・・・
これを毎週実行しているスゴイ人。
張り詰めた緊張感だったみんなも、
この「心のこもった温かいスープ」でようやく一息。

午後からはこの日回収した写真洗浄、「思い出お返し隊」の仕事に掛かります。
車に分乗し、屋根のある工場をお借りして洗浄作業。
午前からの先発隊4名が準備を整えていてくれたのですぐに取り掛かれます
昨日初めてこの作業に掛かった隊員はもうベテランの手付き.。゚+.(・∀・)゚+.゚
一気に「思い出の洗浄」にかかります。

「タオル・雑巾」が足りないのでペーパータオルで代用するという状況。

椅子も机もありませんが、みんな奮闘中です(*・ω・)ノ
今回は写真の他にも「小学生の日記」・「母子手帳」・「切手帳」・「パスポート」も持ち帰りました
ずっしりと重い切手帳は神奈川から来た二歳と四歳児のママ、
「ますみ」さんが、
「私がやります」と手を挙げてくれました。
ご本人にとって大切な趣味の品。
持ち主さんの元に返り、元気の源になるといいですね

そして母子手帳。
これは心に負担がかかる可能性が非常に高いと思われる思い出の品。
でも確実に手元にお返ししたい物でもあります。
自分なりに考え、九州から来た「朽木君の奥さん」にお願いする事にしました。
彼女は「日記4」の朝食時にも紹介しましたが、25歳にして二児の母です。
前回4月の鹿島区での洗浄作業では関東でカメラマンをしている女性が、
朝、海辺の惨状を見た後に写真洗浄の作業に取り掛かり、
夜に「神経性の嘔吐」が止まらなくなって、
救急車で20キロ離れた相馬市の病院まで搬送した事を思い出しました・・・
なので常に
「明るくやりましょう
前向きに冗談を言い合いながら作業しましょう
」
と声をかけて回るのです。
一般の方より写真に対しての感受性が強かった彼女。
その日は震災から丁度一ヶ月、役場のサイレンと共に海に向かい黙祷した日。
図々しい私でさえ涙を堪えられなかった日。
大きい余震もありました。
色んな事が重なったとはいえせっかく南相馬まで支援物資を持ってきてくれた彼女には
申し訳ない事をしてしまいした。
でもその後また物資を持って南相馬へと駆け付けてくれたと聞いた時は本当に嬉しかった・・・・
「朽木さん」は今回、家族に子供を預け旦那と共に「捜索隊」に参加した心の芯の強い女性です。
彼女はは見事に「母子手帳」を綺麗にしてくれました☆
本当に感謝しています。
隊長の業務として「特殊な物は適正を考え、誰に洗浄作業を託すか」・・・
それをとても大事にしています。
やがて時間になりこの日の作業は終了。
もう少しで片付くところですが、今後の方に託します
宜しくお願いしますねっ(*・ω・)ノ


詰所に帰ると、何と豚汁の炊き出しが〜


また20キロ地点の検問ランプを見ながら頂きます。
生姜が沢山入っているようで、お腹の底からじんわり温まってきます☆
「みんなの冷えた身体が温まりますよーに
」
作ってくれた方の気持ちが豚汁を通して伝わってくるようです・・・
自分の子供が見つからない・・・と考えると、区切りなんてつけられない。
つけなきゃとは思っても、そう割り切れる問題ではないと思います。
でも・・・
遠くてもいいからいつの日か、
この為に気持ちを同じくした大勢の仲間が全国から集まり共に汗を流した事、
冷たい雨に打たれながらも我が事として、
大勢の同志が共に捜索した事を思い返せる日がいつかこられるならば・・・
それが復興の一歩への心のきっかけになってくれる事をみんなで願っています
この後、「有田団長」・ボランティアサポートチーム「トータス」さんら、
志を同じくした仲間と固い握手を交わし「有志沿岸捜索隊」は解散となりました☆
気持ちを一つにして協力したみんな本当にありがとう。
竹嶋は、一生この日の事を忘れません・・・続きを読む
南相馬5日目です☆
宿泊所で6時起床
この日も8時から「有志捜索隊」に参加です。
天気が怪しいな・・
頼むから降らないでくれっ(*・ω・)ノ
体力をつける為に、
気合の「朝カレー」を頂きます(☆゚∀゚)

「レトルトカレー」だけどコレが不思議な位に美味しいのだ〜

何でも写真を撮ってしまうのは、もう病気の一種かも・・・
代金を勝手に決め、宿泊所の募金箱にお金を入れます(*・ω・)ノ
出発前にハイポーズ☆

「信國さん・宮崎さん べあ男さん たぬき 高村さん」
あはは、懐かしい面々です
この日の捜索隊には新たに関東地方から参加者が。
しかも女性が増えています。
呼びかけに賛同し、この捜索隊に15名ほどの女性が遠くから駆けつけてきました。
教育関係の方・ママモデルさん・ミュージシャン・ウェディングプランナー・・・
初対面同士、車で乗り合わせて来てる方も多数です。
本当に凄いガッツです
福岡から駆け付けた「朽木君の奥さん」も、
驚いた事にこの日は捜索隊に参加です
この日も「泥掻き兼捜索隊」 「写真等回収兼捜索隊」に別れ、
乗り合いで現場に出向き、この日も横一線に並んで捜索開始。
最後の未捜索地帯を探します。
ワラが溜まっている所。
地面が盛り上がっている所を徹底的に探します。
着衣のまま流される事がほとんどなので、
衣服が地面から見える場合もしっかり探します。
やがて冷たい雨が降ってきました

5月も下旬なのに、この雨の冷たさ・寒さは一体何なのでしょうか
みんな、文句等言わずに懸命に探しています。
みんなこの為に遠くから、人によっては日帰りで参加しているのです。
出来るだけ横一線で並びながら進まないと効率が落ちるので、
申し訳ないけどそのように声をかけます。

海から少し離れていますが、この地点でも震災時には御遺体が発見されたそうです。
雨が強くなってきました。
「前進のスピードアップ指示」を出させて頂きますがそろそろ天候も限界か・・
一人消防車まで走って戻り、団の方と相談し搭載マイクをお借りし
「撤収しまーすっ、戻ってきて下さ〜い
みんな雨に打たれてもまだ捜索したい様子だけど、
ここの雨に濡れるのは特に女性には避けて欲しいから、
本当に残念だけど一時間程早く中止を決断。
しかしこのまま戻ると別部隊と昼食時間が重なってしまいみんな座れなくなるので、
「有田団長」の計らいにより、みんなに浜辺の現状を見て貰う事になりました。
車の中から惨状を目の当たりにした隊員達は、
TVでは見る事の無かった異常な光景に言葉が出てきません・・・

お子さんが行方不明のままになっている消防団の方の御自宅は、
二階部分だけがかろうじて残っていました。
後日、
「また捜索する予定ありませんか?是非参加したいんです!!」
と、この時の女性隊員からメールがありました。
みんな、気持ちは同じなんです。
詰所に戻りお昼御飯を頂きました。
「お握り弁当

炊き出しの「ミネストローネ」
熱々のトマトスープが冷えた身体にじんわりと染み渡ります(。・ω・)ノ゙

これを作ってくれた内の一人は「ごみちゃん」事、斉藤さん
福島市在住の彼女は「個人物資の会」で頑張っています。
個人で救援物資を呼びかけ、行政では補えない所にピンポイントで支援。
炊き出しや物資配給をしています。
ネットでの友達でしたが、今回ついに初顔合わせ
福島から60キロ走り、物資を届けては帰る・・・
これを毎週実行しているスゴイ人。
張り詰めた緊張感だったみんなも、
この「心のこもった温かいスープ」でようやく一息。

午後からはこの日回収した写真洗浄、「思い出お返し隊」の仕事に掛かります。
車に分乗し、屋根のある工場をお借りして洗浄作業。
午前からの先発隊4名が準備を整えていてくれたのですぐに取り掛かれます
昨日初めてこの作業に掛かった隊員はもうベテランの手付き.。゚+.(・∀・)゚+.゚
一気に「思い出の洗浄」にかかります。

「タオル・雑巾」が足りないのでペーパータオルで代用するという状況。

椅子も机もありませんが、みんな奮闘中です(*・ω・)ノ
今回は写真の他にも「小学生の日記」・「母子手帳」・「切手帳」・「パスポート」も持ち帰りました
ずっしりと重い切手帳は神奈川から来た二歳と四歳児のママ、
「ますみ」さんが、
「私がやります」と手を挙げてくれました。
ご本人にとって大切な趣味の品。
持ち主さんの元に返り、元気の源になるといいですね
そして母子手帳。
これは心に負担がかかる可能性が非常に高いと思われる思い出の品。
でも確実に手元にお返ししたい物でもあります。
自分なりに考え、九州から来た「朽木君の奥さん」にお願いする事にしました。
彼女は「日記4」の朝食時にも紹介しましたが、25歳にして二児の母です。
前回4月の鹿島区での洗浄作業では関東でカメラマンをしている女性が、
朝、海辺の惨状を見た後に写真洗浄の作業に取り掛かり、
夜に「神経性の嘔吐」が止まらなくなって、
救急車で20キロ離れた相馬市の病院まで搬送した事を思い出しました・・・
なので常に
「明るくやりましょう
と声をかけて回るのです。
一般の方より写真に対しての感受性が強かった彼女。
その日は震災から丁度一ヶ月、役場のサイレンと共に海に向かい黙祷した日。
図々しい私でさえ涙を堪えられなかった日。
大きい余震もありました。
色んな事が重なったとはいえせっかく南相馬まで支援物資を持ってきてくれた彼女には
申し訳ない事をしてしまいした。
でもその後また物資を持って南相馬へと駆け付けてくれたと聞いた時は本当に嬉しかった・・・・
「朽木さん」は今回、家族に子供を預け旦那と共に「捜索隊」に参加した心の芯の強い女性です。
彼女はは見事に「母子手帳」を綺麗にしてくれました☆
本当に感謝しています。
隊長の業務として「特殊な物は適正を考え、誰に洗浄作業を託すか」・・・
それをとても大事にしています。
やがて時間になりこの日の作業は終了。
もう少しで片付くところですが、今後の方に託します
宜しくお願いしますねっ(*・ω・)ノ
詰所に帰ると、何と豚汁の炊き出しが〜

また20キロ地点の検問ランプを見ながら頂きます。
生姜が沢山入っているようで、お腹の底からじんわり温まってきます☆
「みんなの冷えた身体が温まりますよーに
作ってくれた方の気持ちが豚汁を通して伝わってくるようです・・・
自分の子供が見つからない・・・と考えると、区切りなんてつけられない。
つけなきゃとは思っても、そう割り切れる問題ではないと思います。
でも・・・
遠くてもいいからいつの日か、
この為に気持ちを同じくした大勢の仲間が全国から集まり共に汗を流した事、
冷たい雨に打たれながらも我が事として、
大勢の同志が共に捜索した事を思い返せる日がいつかこられるならば・・・
それが復興の一歩への心のきっかけになってくれる事をみんなで願っています
この後、「有田団長」・ボランティアサポートチーム「トータス」さんら、
志を同じくした仲間と固い握手を交わし「有志沿岸捜索隊」は解散となりました☆
気持ちを一つにして協力したみんな本当にありがとう。
竹嶋は、一生この日の事を忘れません・・・続きを読む















































