たぬきパラダイス

  カツ丼マニアの役者、竹嶋宗也の出演情報&グルメ・旅レポートです。                     カツ丼と大衆グルメをこよなく愛するたぬきパラダイスへようこそ!                        

タグ:写真洗浄

5月22日(日)

南相馬5日目です☆


宿泊所で6時起床

この日も8時から「有志捜索隊」に参加です。


天気が怪しいな・・

頼むから降らないでくれっ(*・ω・)ノ



体力をつける為に、

気合の「朝カレー」を頂きます(☆゚∀゚)

朝カレー

「レトルトカレー」だけどコレが不思議な位に美味しいのだ〜

朝カレアップ

何でも写真を撮ってしまうのは、もう病気の一種かも・・・


代金を勝手に決め、宿泊所の募金箱にお金を入れます(*・ω・)ノ


出発前にハイポーズ☆
ハウスの皆

「信國さん・宮崎さん べあ男さん たぬき 高村さん」

あはは、懐かしい面々です



この日の捜索隊には新たに関東地方から参加者が。

しかも女性が増えています。


呼びかけに賛同し、この捜索隊に15名ほどの女性が遠くから駆けつけてきました。

教育関係の方・ママモデルさん・ミュージシャン・ウェディングプランナー・・・


初対面同士、車で乗り合わせて来てる方も多数です。


本当に凄いガッツです


福岡から駆け付けた「朽木君の奥さん」も、
驚いた事にこの日は捜索隊に参加です


この日も「泥掻き兼捜索隊」 「写真等回収兼捜索隊」に別れ、

乗り合いで現場に出向き、この日も横一線に並んで捜索開始。


最後の未捜索地帯を探します。


ワラが溜まっている所。

地面が盛り上がっている所を徹底的に探します。

着衣のまま流される事がほとんどなので、
衣服が地面から見える場合もしっかり探します。



やがて冷たい雨が降ってきました

絆ジャパン

5月も下旬なのに、この雨の冷たさ・寒さは一体何なのでしょうか


みんな、文句等言わずに懸命に探しています。


みんなこの為に遠くから、人によっては日帰りで参加しているのです。


出来るだけ横一線で並びながら進まないと効率が落ちるので、
申し訳ないけどそのように声をかけます。

abba30aa.jpg


海から少し離れていますが、この地点でも震災時には御遺体が発見されたそうです。


雨が強くなってきました。
「前進のスピードアップ指示」を出させて頂きますがそろそろ天候も限界か・・


一人消防車まで走って戻り、団の方と相談し搭載マイクをお借りし


「撤収しまーすっ、戻ってきて下さ〜い」と声を掛けました。


みんな雨に打たれてもまだ捜索したい様子だけど、


ここの雨に濡れるのは特に女性には避けて欲しいから、


本当に残念だけど一時間程早く中止を決断。



しかしこのまま戻ると別部隊と昼食時間が重なってしまいみんな座れなくなるので、


「有田団長」の計らいにより、みんなに浜辺の現状を見て貰う事になりました。


車の中から惨状を目の当たりにした隊員達は、

TVでは見る事の無かった異常な光景に言葉が出てきません・・・
DSC02331



お子さんが行方不明のままになっている消防団の方の御自宅は、
二階部分だけがかろうじて残っていました。




後日、 

「また捜索する予定ありませんか?是非参加したいんです!!」

と、この時の女性隊員からメールがありました。



みんな、気持ちは同じなんです。




詰所に戻りお昼御飯を頂きました。

「お握り弁当」に、
弁当2

炊き出しの「ミネストローネ」


熱々のトマトスープが冷えた身体にじんわりと染み渡ります(。・ω・)ノ゙

ミネストロ

これを作ってくれた内の一人は「ごみちゃん」事、斉藤さん


福島市在住の彼女は「個人物資の会」で頑張っています。


個人で救援物資を呼びかけ、行政では補えない所にピンポイントで支援。

炊き出しや物資配給をしています。


ネットでの友達でしたが、今回ついに初顔合わせ


福島から60キロ走り、物資を届けては帰る・・・

これを毎週実行しているスゴイ人。


張り詰めた緊張感だったみんなも、
この「心のこもった温かいスープ」でようやく一息。


BlogPaint




午後からはこの日回収した写真洗浄、「思い出お返し隊」の仕事に掛かります。


車に分乗し、屋根のある工場をお借りして洗浄作業。


午前からの先発隊4名が準備を整えていてくれたのですぐに取り掛かれます


昨日初めてこの作業に掛かった隊員はもう
ベテランの手付き.。゚+.(・∀・)゚+.゚



一気に「思い出の洗浄」にかかります。
洗浄たぬき


「タオル・雑巾」が足りないのでペーパータオルで代用するという状況。


モーター洗浄

椅子も机もありませんが、みんな奮闘中です(*・ω・)ノ


今回は写真の他にも「小学生の日記」・「母子手帳」・「切手帳」・「パスポート」も持ち帰りました

ずっしりと重い切手帳は神奈川から来た二歳と四歳児のママ、
「
ますみ」さんが、

「私がやります」と手を挙げてくれました。


ご本人にとって大切な趣味の品。 
持ち主さんの元に返り、元気の源になるといいですね


そして母子手帳。

 これは心に負担がかかる可能性が非常に高いと思われる思い出の品。


でも確実に手元にお返ししたい物でもあります。


自分なりに考え、九州から来た「朽木君の奥さん」にお願いする事にしました。

彼女は「日記4」の朝食時にも紹介しましたが、25歳にして二児の母です。



前回4月の鹿島区での洗浄作業では関東でカメラマンをしている女性が、

朝、海辺の惨状を見た後に写真洗浄の作業に取り掛かり、

夜に「神経性の嘔吐」が止まらなくなって、
救急車で20キロ離れた相馬市の病院まで搬送した事を思い出しました・・・


なので常に

「明るくやりましょう前向きに冗談を言い合いながら作業しましょう」


と声をかけて回るのです。

一般の方より写真に対しての感受性が強かった彼女。

その日は震災から丁度一ヶ月、役場のサイレンと共に海に向かい黙祷した日。



図々しい私でさえ涙を堪えられなかった日。


大きい余震もありました。



色んな事が重なったとはいえせっかく南相馬まで支援物資を持ってきてくれた彼女には

申し訳ない事をしてしまいした。




でもその後また物資を持って南相馬へと駆け付けてくれたと聞いた時は本当に嬉しかった・・・・








「朽木さん」は今回、家族に子供を預け旦那と共に「捜索隊」に参加した心の芯の強い女性です。


彼女はは見事に「母子手帳」を綺麗にしてくれました☆

本当に感謝しています。


隊長の業務として「特殊な物は適正を考え、誰に洗浄作業を託すか」・・・

それをとても大事にしています。


やがて時間になりこの日の作業は終了。

もう少しで片付くところですが、今後の方に託します

宜しくお願いしますねっ(*・ω・)ノ


            



詰所に帰ると、何と豚汁の炊き出しが〜

豚汁


また20キロ地点の検問ランプを見ながら頂きます。


生姜が沢山入っているようで、お腹の底からじんわり温まってきます☆


「みんなの冷えた身体が温まりますよーに」


作ってくれた方の気持ちが豚汁を通して伝わってくるようです・・・



自分の子供が見つからない・・・と考えると、区切りなんてつけられない。

つけなきゃとは思っても、そう割り切れる問題ではないと思います。



でも・・・



遠くてもいいからいつの日か、



この為に気持ちを同じくした大勢の仲間が全国から集まり共に汗を流した事、

冷たい雨に打たれながらも我が事として、

大勢の同志が共に捜索した事を思い返せる日がいつかこられるならば・・・




それが復興の一歩への心のきっかけになってくれる事をみんなで願っています





この後、「有田団長」・ボランティアサポートチーム「トータス」さんら、

志を同じくした仲間と固い握手を交わし「有志沿岸捜索隊」は解散となりました☆



気持ちを一つにして協力したみんな本当にありがとう。




竹嶋は、一生この日の事を忘れません・・・
続きを読む

5月21日 南相馬4日目です☆

本日は晴天なり  相馬地方は27度の快晴予報(*・ω・)ノ


この日は「有志による沿岸捜索隊」の日。

朝から気合が入ります



昨夜は福岡から25歳の「朽木夫妻」ベースキャンプに到着。


旦那の方はは4月にも会っています。


「被災地の赤ちゃんのミルクが足りない」という話を聞き、

自分も父親として「何とかしたい」と

九州から車で駆け付けて来た熱い男。


そして奥さんは

「旦那がコレほどまでに燃えている理由を確かめたい」と、


何と幼児二人を親御さんに預けて福岡から同行
朽木夫妻


今日の「南相馬で朝食を」は、
素晴らしい「九州男児」&「九州撫子」と一緒に


   贅沢な 「鯖缶定食」〜
鯖朝食

野外で食べる「大人のふりかけ」のおいしい事ったら


昨日ボランティアセンターで初対面の方から、


「前回ふりかけ食べてましたねっ」


と云われたほどに定着すv( ̄∇ ̄)v

鯖定食



何だかこの料理、ミャンマーの食堂車で出て来そうな料理でしょ

朽木夫妻2


この日は相当に体力を使う予定なので「サトウの御飯」2個も食べました(☆゚∀゚)
鯖ライス


さあ今回の大きな目的の一つ、
有志・消防団による「沿岸捜索隊」の集合場所に向かいます。

先ず「道の駅南相馬」で昨晩東京から駆けつけた山中さんと合流。

この日はボランティア団体による配給が行われていました。
道の駅1

市は基本的には個人からの支援物資は受け入れは停止しています。

配給も長く続けると個人商店へと影響も出る事から長期間は出来ない・・・


被災地には色んな事情があるようですφ(.. )


配給を受けたみなさんのバッグには「卵や野菜」等がが入っていました。



国道6号線を南下。

20キロ検問が近づくにつれ民間車両の代わりに自衛隊車両が増えてきました。
自衛隊


そして集合場所の大甕地区へ。

ここは原発から20キロ地点。


立ち上げたばかりの「ボランティアセンター」へ有志が集まっています。
公会堂


この地区の「遺体捜索」の中心となった消防団の皆さん。

傷ついた御遺体を長期に渡って収容しながらも、

団長の小さいお子さんはまだ行方不明だそうです・・・


消防団の正式な捜索は打ち切られましたが、
まだ消防団の有志だけで捜索は続けられているとか。


 そこで「ツイッター」や「ブログ」で呼びかけられたのが有志捜索隊。


公的に出来る作業ではないのであくまでも有志による自己責任です。


「絆ジャパン」の有田団長らが中心となり、


「子供を持つ親なら気持ちは同じはず、21日22日南相馬市に集合」

更に「中途半端な奴お断り」という言葉で呼び掛けられました。


たまたま見たこの呼び掛けに反応した熱いメンバーが南相馬に集合しました。


大甕ミーティング


代表の方からは
「捜索では写真を拾って下さい、地元の方がとても写真を探しているんです」

「なので捜索隊は写真をメインに探して下さい」と。


又「どろ掻き隊はとても体力が必要です、自信の無い方は外れて下さい」とも。


共に原町区では最後の未捜索地帯を捜索します。



ここに集まったメンバーの中には・・・

べあお大門


こんな方も・・・

20キロ圏内の真反対からやってきた「べあ男」さん参上

しかも「こらそこの怪しいヤツ」だってさ(*・ω・)ノ




「あんたが一番怪しいっての」





捜索は大変です。
当てのない作業ですが、みんな必死です。



未熟ながらも「捜索隊副隊長」をさせて頂きました。


捜索パパ

気温は上がりましたが浜風があったのと、

浮いた高速代で買った「夏用作業着」「速乾Tシャツ」に助けられました


20名程が等間隔で横一線に並び、鉄棒を地面に突き刺しながら、
土を凝視してゆっくりと進んで行きます。


捜索の詳しい写真は掲載を控えます。


怪しいところを懸命に捜索。 途中、写真やアルバム・ランドセル等を回収。


可哀想な事にワンちゃんが横たわっていましたが、小さいお子さんは発見に到らず・・・


昼過ぎまで捜索は進められ、基地に戻ってから昼食を頂きました。


好物の「のり弁」。 NPOさんからの差し入れだそうです。


のり弁


振り向くと窓の外には20キロ検問のランプが点灯しているのが見えます。

警察車両

隣の敷地は警察車両の基地になっています。

九州ナンバーです・・・

彼らも遠くから戦いに来ています。


20キロ地点で食べる「ちくわの天ぷら」」はなかなかオツです(。・ω・)ノ゙


この後は、広場にて写真の洗浄をする事に。


被災された方が写真を欲しがっていらっしゃるとの事。


「ボランティセンターに持って行かれては?」と進言しましたが、


色々と事情がおありの様子・・・


急遽、臨時の「思い出お返し隊」を編成する事になりました。



「公式」も「非公式」もなく、


みなさんに思い出をお返しするだけです。



私以外は全員未経験。


災害ボランティアセンターとは違い道具も揃っていません。


鹿島区役所で遺留品洗浄を手探りで始めた時を思い出します

大甕運動洗浄

既に二ヶ月以上が経過していますが、

現場から復元可能な物を厳選させて頂いた為、順調に作業が進みます。


「臨時隊長のたぬき」が云う事はいつもと同じです。


「この作業はとても前向きな作業です☆ 務めて明るくいきましょう!」

「これは遺品ではなく思い出の品です、生きてる方も沢山いらっしゃいます」

「いつの日か復興の一歩を踏み出された時の、心の支えになる一枚をお返ししましょう」



タオルすら揃っていませんが皆、奮闘してくれています。

幸い日差しが強いので、この日の内に大部分を洗浄し乾燥するところまで進みました



埋もれた側溝の泥を掻き出し、梅雨に備えて排水道を確保しつつ同時に捜索をする

「泥掻き部隊」も帰って来ました。


無限の体力が求められるこの部隊は疲労困ぱいで帰還。

本当にお疲れ様でした。


九州から来た「朽木君」も実はこの「捜索隊参加」の為に来たそうです。

東京での仕事仲間「山中」さんも夜中に車を走らせ駆け付け来られました。


他にも「藤田」さん「本村」さん「宮崎」さん「横山」さん他、
まだ南相馬市が屋内退避区域だった頃のメンバーが居ました。


「仲間を誘うべきではない作業」との判断から誘い合いはしませんでしたが、

顔が分かるだけで「思い出お返し隊初期メンバー4人」を初め8人も

べあ・本村

道の駅に戻り、べあ男さん・本村さんと共に。

べあ男さんは疲れたみんなの心を癒し、
本村さんは抜群のセンスで「思い出の展示」を1から考えて下さった方です。




警察・自衛隊・消防団・地元の方・ボランティアと、皆必死です。 


首都圏で原発のニュースばかりみていると不安になるでしょうが、


故郷を捨てると云う事はそう簡単には出来ないものです。



議論や意見ばかりになってしまいがちですが、


現地で踏ん張っている方が沢山いると云う事を

ちょっとでも分かって頂きたいので書いてます






一日の作業が終わりました。


この日はテントではなく、懐かしの面々が泊まっている一軒家にお邪魔しました。

ハウス内

サーフィンの話をしてくれた「地元の鈴木さん」がボランティアの為にと持って来てくれた、
低反発マットの上に寝袋を敷いて寝ます。


銭湯で汗を流して缶ビールをゴクゴクっ・・・・



く〜っ  「麦とホップ」が身体に染みやがるぜ〜





明日も捜索隊です、頑張るぞ。




では、おやすみなさい

 5/20 南相馬市三日目です。

ベースキャンプのテントは高台にある為、少し冷え込みます☆


そんな朝に、

「コーヒーいかがですか」

と嬉しいお声(*・ω・)ノ

先に泊まられてた 東京は東村山から来られた「武藤さん」
武藤さん

「南相馬モーニングコーヒー」を頂きました


親しみを感じる笑顔の素敵な武藤さん。


同じニオイを感じたので尋ねてみるとやはり・・・


「劇団昴」の役者さんでしたー(*・ω・)ノ


まさか南相馬でシェイクスピアの話をするとは思わなかったな☆



武藤さんは避難所等で「朗読劇」なんかをされるそうです。


先輩、おいしいコーヒーご馳走様でした



この日の朝食は「ミニチョコクロワッサン」&「抹茶クリーム大福」

ヘンテコな組み合わせだなあ

プラス「鴻巣」さんから

「フリーズドライおかゆ」の差し入れ☆


おかゆ

お腹一杯で出発の準備をしていると、


地元の11歳「ほうかちゃん」発見


ベースキャンプのアイドルです。


ひまわりほうか

「ほうかちゃん」はヨウ素を吸い取ってくれるという「ヒマワリ」を育てています

ほうか笑顔
(本人&ママの掲載許可あり)

4月に来た時は「ボランティアセンター」で受付業務をしてくれていました(^_^)


被災した身ながらもお小遣いから600円も募金したりと・・・本当に心優しい良い子です。


原町区の小学校は閉鎖したり、避難所になっているので、

隣の鹿島区の小学校に編入してるそうです。

「友達一杯出来たよ」と元気に話してくれました
   



       
さ、ボランティセンターへ

ボラ列2

今日は金曜日。
平日なのに100人以上の方が受付の列を作っています.。゚+.(・∀・)゚+.゚

「桃沢さんや神谷さん本村さん」等、久々に再会した熱い方々も並んでいます☆




今日は「流出物の展示場」を希望し会場へ☆


柔剣道

一回目のボランティアから帰京し一週間位経過後、
原町柔剣道場での流出物の展示が始まりました.。゚+.(・∀・)゚+.゚


南相馬市のHPでも広報されて、

やっと屋内で地元の皆さんに閲覧していただける環境が整いました。


流出物担当の「環境衛生課・上野さん」 

2代目隊長の「播磨君」・「副隊長斉藤さん」 「伊藤さん」始め

「思い出お返し隊」みんなの力が結集されてます。
展示場内部

(プライバシー保護の為、モノクロにしてあります)


段ボールを上手に使いバラ写真を展示。

アルバムもケースに、位牌も棚に収まっています。


左半分が原町区・右半分が鹿島区の陳列。

地元の方は受付でゴム手袋を貰い、自分の思い出が見つかったときは身分証明書を提示して、持ち帰る事ができるようになっています。



たぬきが帰京する際、本村さんが提案し作ってくれた
「思い出返し隊」からのメッセージボードも(*・ω・)ノ

この頃はまだ鹿島区役所だけでの作業でした。
展示メッセージ

ここでは「鹿島・原町の作業場」で、ある程度清掃した品を持ち込み

最終的に綺麗に仕上げています。


この日の展示班のリーダー「地元の池田さん」が
女性ならではの優しさでみんなを纏めて下さっています。


この日の私の活動は、狭くなってきた展示場のスペースを作る為、
レイアウトの変更をさせて頂きました。

バラ写真も「富士フィルム」から大量のポケットアルバムが寄付され、
それに収める事で一気に展示場のスペースを広くしていく作業を進めています。




この日のお昼は「展示班リーダー池田さん」がお握りを作って来て下さいましたー

お握り味噌汁

「味噌汁」に・「日清麺職人」も☆

この後日本TV「ゼロ」の取材が入りました。

(竹嶋のロングインタビューは放送予定変更の為残念な結果に・・・)


 現在小高区の流出物展示会場は、
先日行われた「20キロ圏内一時帰宅の基地」となった「馬事公苑」に設置されたそうです。
 

上野さんの話によるとやがて「三区合同展示」にしたいとの事でした。

早く全ての「思い出の品」が合同展示出来るといいなあ(*'-'*)


現在、この展覧会場には平日で100人、休日には200人程の方が来場されているそうです。

この日は久し振りに「お位牌」に手を合わせる事が出来ました。


 御先祖の皆様。 亡くなった方の魂の安定と、残られた方々をどうかお守り下さいませ。


センターに帰ったらこんな張り紙が。
ささやかな気持ちが身に染みます
ニーズ



この夜は地元の方にお誘い頂き、居酒屋さんに行きました。

店内の賑わいにビックリ


でも皆さん早い時間に帰られました。


「息抜き」&「経済活動」なりよ


東北をボランティアで訪れる皆さん、

被災地で一杯お金を落としましょう(・∀・)つ


この日も寒いが寝袋は快適なり

4月12日 (夜)  南相馬市に入って七日目の夜の日記。

 
「思い出お返し隊」の業務を引き継ぎ、13日に東京に帰ります。


今夜は最後の夜です。


調理室をお借りし、「豚汁」を仕込んでます。


明日の朝、みんなに食べて欲しいのだ




そう、あきらかに先日の「統括味噌汁」のパクリです



いいのいいの、良い事はどんどんマネしましょう.。゚+.(・∀・)゚+.゚





夜も更け、この6日間の出来事を思い出します・・・


災害ボランティアセンターの様子もかなり変わりました。


ガソリン・食料も以前より手に入り易くなり、
ボランティア要員・ボランティア要請も増えました。



皆が色んな手段を使い情報発信をしてくてれいる事も効果を上げ、

足りない物資も効果的に届けられています。


明日は朝ミーティングに出席し、皆を送り出してから帰京する事にします。


見送られるのはイヤだからね



思い出お返し隊では「鹿島地区の元村長さんのお孫さん」
鈴木さんのお話も聞けました。


「地震の時は近海でサーフィンをしていました」
「異変を感じ陸に上がり避難しましたが、防波堤では津波第三波位まで携帯電話で波の様子を撮影していた仲間がいた位、津波に対しての危機感はありませんでした
」



やはり福島県では三陸地方とは違い、やはり大津波に対する警戒は少なかったようです。


「
第四波では大きな白波が押し寄せ、相当な数の住民があっという間に押し流されたようです。」

「近々同じ海でサーフィンをしようと思います」
バカだと思われるでしょうが、自分なりの慰霊です」

とおっしゃってました・・・

17


この鈴木さんが一緒に作業をして下さった御蔭で、
沢山の「思い出の持ち主」が判明しました。

壁賭け


これからはボランティア作業も出来るだけ地元方中へと
移行していって欲しいです




鈴木さん達とこの日の業務終え、お返し隊みんなが車に乗り込みセンターに帰ろうとした時に、


40代くらいの女性が、一枚の写真を手に顔を涙でクシャクシャにしながら


「この写真をコピーさせて頂いても良いでしょうか?」


と、私と役所の上野さんに話しかけてこられました。



それは小学生が20人位で写っている集合写真で、

個人の物かどうかは分からない状態の写真です。




「娘も家も全部流され探しても何も出てこなくて・・・
 でもこれだけやっと見つけたんですっ!
」

と、写真を胸にされ半分言葉にならない状態・・・。



上野さんの許可が出て、無事娘さんの写真をお持ちいただく事が出来ました。





その女性は強く嗚咽しながら、


「ありがとうございます」と言って去られました。








10年20年後でもいいから、


その娘さんの御写真が、彼女の心の復興の支えになってくれないものか・・・





この後、これまでの自分の緊張感が一気に崩れてしまいました。






・・・でも自分が泣いてる場合ではありません。



これからは未だ30キロ圏内でしっかりと作業が出来ない状態の
「原町区」 「小高区」の思い出もお返ししたいのです!



南相馬に残ってくれる仲間、

新しく集まってくる仲間
に


「これから更に本格化するであろうこの仕事」を託します(*・ω・)ノ




明るい感じで書くと決めた日記でしたが、

今夜だけはお許し下ください。

夜の寮
















4/8 三日目の朝です。

この日も6:30に起床。


寒かった相馬地方も少し温かくなってきましたが、

先週まで朝は氷点下だったそうです。


しかし東京では満開の桜も、ここでは未だ開花せず。




もはや恒例になった野外朝食ターイム(☆゚∀゚)


レトルト御飯に「おとなのふりかけすき焼き味」を
すきやきふりかけ

野外で食べる「ふりかけ御飯」はめっちゃ美味しいよ


(だから屋内退避地区だってばよ)


実はここ「南相馬市」は放射能値がビックリする位低いのです

大久保さんと
(託児所チームの大久保さんと)

美味しく食べて朝のミーティングに参加。
受付 
日々メンバーが増えていくのが分かります。
半分以上は県外からの参加ですがみんなやる気満々

実は昨夜のうちにボードを見て、
「今日の作業の募集内容」をチェックしておきました。

黒板

狙いを定めたのは4番の「遺留物洗浄」 (・◇・)ゞ


基本的には前日行った作業へと優先的に振り分けられるのですが
ここで少し我侭をさせて頂き・・・


託児所は「加藤」さんに任せて、遺留物洗浄に手を挙げます


この日は8名で出動。
市役所衛生課の上野さんと鹿島区へ向かいます。

移動はメンバーの自家用車。

北九州から単独参加の職人「得さん」の車に相乗りさせて頂きました☆


センターから約6キロ程でしょうか、「鹿島区役所」に到着
役所

南相馬市は「原町市・鹿島町・小高町」が数年前に合併して誕生した市で、
小高区は現在20キロ以内の為非難指示がでています。




裏のガレージには、鹿島地区の浜辺で回収された「遺留品」が山積みにされていました。


洗浄3

取り合えず「泥落とし班」「整理陳列班」の二手に分け作業を開始します。


二日程作業をされたようですが、
「正しい作業法」と云うのがありません。


洗浄初日


消防団の方が捜索現場から「大切な思い出」を持ち帰って下さっています。
これを綺麗にして、持ち主さんにお返しする作業を進めていくのです。

「アルバム」「バラ写真」「位牌」「かばん」「ランドセル」「卒業証書」
など等・・・

BlogPaint

始めは写真に見入ってしまい、胸が締め付けられます。



しかし、すぐに考えを変えました


これは「遺品」ではなく「遺留品」。

警察用語で「落し物」というような意味なんです。


亡くなられた方も元気にされている方も居られますが、


すべてを無くしたと思った所からもし「一枚の写真」が見つかったら・・・


いつか復興の気持ちになれた時にどんなに心強いだろうかと思い、


全力で頑張る事に決めました(*・ω・)ノ


そう、これは

「きわめて前向きな作業」なのです



位牌1

奈良で育った子供のたぬきは、

「火事になったらお金よりも位牌を持って逃げるんだ」

という話を母から聞いた事があり、その話が何故かずっと心に残っていました。


いつも仏壇に声を掛ける母の影響か、小学校から誰もいない家に帰っても

仏壇に向かって「ただいまっ」と声を掛ける習慣があったのです。


そんな育ちの所為か、大津波の映像を見た時から「位牌」の事が気になっていました。


命からがら逃げたお爺さんお婆さんが、位牌を流された事でどれだけ御先祖様に申し訳なく思っておられるかって。



「よし一つでも多く綺麗にして絶対に家族に返す」


「無理でもお寺に運んで供養してもらう」


 と強く心に決め作業に掛かります。

7


洗浄班は、海水に浸かった品をある程度まで綺麗にすることとします。


手掛かりとなる「顔・名前」が一つ以上判別出来るようなレベルまで。


「広く浅く」で大量の品をさばく事を優先事項とさせて頂きました。


ほとんど道具もありません。

役所の方も手探りなので、各メンバーの人生経験が勝負となります。
隊長

(森永乳業さん椅子にしてゴメンナサイ)

ここである程度洗浄した物を「たぬき」が隣の「陳列班」のところにもって行きます。


品物が散乱しているので、少しずつ作業スペースを確保しながらの作業になります。


「陳列班」は和歌山から駆けつけた「爆やん」&「本村」さんが中心に。
アルバム干す


このお二人は「インテリア・整理の達人」でした(*・ω・)ノ


「爆やん」は名前の無いアルバムすべてに目を通しヒントを見つけ出します。


写真から「何々高校」とか「〜温泉慰安旅行」と云ったキーワードを探し出して付箋に書き、

探しに来た方が判別しやすいように整理していってくれます。

アルバム付箋

地面に散乱していた「思いで」がつぎつぎと陳列されていきます。

この整理により、ブルーシート上のスペースを確保。


「本村」さんは針金を切ってS字にして
壁にかけ、品を見やすくそして作業場を広くしてくれます。
壁賭け


そして「位牌」も僅かなスペースに工夫をし、見やすくなるように。

位牌初日


みなさんそれぞれが「工事や設計のプロ」であったりします。

手探りの状態で始めたのが知恵を出し合いみんなの意気込みと共に、
少しずつ形になっていきます


洗浄にはかなりのホコリと匂いが付きまといます。

でも誰一人文句なんかは言いません。

手伝いをする為に仕事を休んで、
全国から車に食料と寝袋を積み込んで駆けつけて来た方達です。



お昼休憩です(*・ω・)ノ

昼食は自前です。

役所の方にお願いして「お湯」を用意して頂きました。

寒いので「カップラーメン」が本当に美味しく感じます。


昼休憩

貸して頂いた会議室はちゃんと清掃してから作業に戻ります。

当たり前の事を当り前にちゃんと出来るメンバー


午後になると、皆さんの手付きが職人のようになり、作業が益々捗ります



一日の仕事が終わったみんなの手には地元の方から頂いた「バナナ」


夕食に美味しく頂きました☆


センターに戻ってミーティングで作業報告をし、日報を書きます。


もっとも未熟な「森のたぬき」がリーダーを勤めさせて頂いた
「遺留品洗浄隊」。

とてもやりがいのある仕事です(*・ω・)ノ


夜はセンターの初代寮長の「安部」さんの送別会です。
(右から二人目)


全くボランティアセンターが整っていない頃から頑張られました。

千葉腹

左から プロカメラマンの「ピチョリ」さん。
     広島からの「播磨」さん。
     青森からの「ベアお」さん。

 孤立したお年寄りへの「物資配送&安否確認班」の面々です。


みんなとても素敵な方々です。


食卓には普段見慣れないご馳走が並びました

ちょっとちょっと何処からそんな豪華な食料を調達して来たの〜Σ(゚д゚;)
送別夕食

楽しく食べて話して夜は更けていきます。



直にでも作業に戻りたい・・・


早く朝にならないかな

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