5月21日 南相馬4日目です☆

本日は晴天なり  相馬地方は27度の快晴予報(*・ω・)ノ


この日は「有志による沿岸捜索隊」の日。

朝から気合が入ります



昨夜は福岡から25歳の「朽木夫妻」ベースキャンプに到着。


旦那の方はは4月にも会っています。


「被災地の赤ちゃんのミルクが足りない」という話を聞き、

自分も父親として「何とかしたい」と

九州から車で駆け付けて来た熱い男。


そして奥さんは

「旦那がコレほどまでに燃えている理由を確かめたい」と、


何と幼児二人を親御さんに預けて福岡から同行
朽木夫妻


今日の「南相馬で朝食を」は、
素晴らしい「九州男児」&「九州撫子」と一緒に


   贅沢な 「鯖缶定食」〜
鯖朝食

野外で食べる「大人のふりかけ」のおいしい事ったら


昨日ボランティアセンターで初対面の方から、


「前回ふりかけ食べてましたねっ」


と云われたほどに定着すv( ̄∇ ̄)v

鯖定食



何だかこの料理、ミャンマーの食堂車で出て来そうな料理でしょ

朽木夫妻2


この日は相当に体力を使う予定なので「サトウの御飯」2個も食べました(☆゚∀゚)
鯖ライス


さあ今回の大きな目的の一つ、
有志・消防団による「沿岸捜索隊」の集合場所に向かいます。

先ず「道の駅南相馬」で昨晩東京から駆けつけた山中さんと合流。

この日はボランティア団体による配給が行われていました。
道の駅1

市は基本的には個人からの支援物資は受け入れは停止しています。

配給も長く続けると個人商店へと影響も出る事から長期間は出来ない・・・


被災地には色んな事情があるようですφ(.. )


配給を受けたみなさんのバッグには「卵や野菜」等がが入っていました。



国道6号線を南下。

20キロ検問が近づくにつれ民間車両の代わりに自衛隊車両が増えてきました。
自衛隊


そして集合場所の大甕地区へ。

ここは原発から20キロ地点。


立ち上げたばかりの「ボランティアセンター」へ有志が集まっています。
公会堂


この地区の「遺体捜索」の中心となった消防団の皆さん。

傷ついた御遺体を長期に渡って収容しながらも、

団長の小さいお子さんはまだ行方不明だそうです・・・


消防団の正式な捜索は打ち切られましたが、
まだ消防団の有志だけで捜索は続けられているとか。


 そこで「ツイッター」や「ブログ」で呼びかけられたのが有志捜索隊。


公的に出来る作業ではないのであくまでも有志による自己責任です。


「絆ジャパン」の有田団長らが中心となり、


「子供を持つ親なら気持ちは同じはず、21日22日南相馬市に集合」

更に「中途半端な奴お断り」という言葉で呼び掛けられました。


たまたま見たこの呼び掛けに反応した熱いメンバーが南相馬に集合しました。


大甕ミーティング


代表の方からは
「捜索では写真を拾って下さい、地元の方がとても写真を探しているんです」

「なので捜索隊は写真をメインに探して下さい」と。


又「どろ掻き隊はとても体力が必要です、自信の無い方は外れて下さい」とも。


共に原町区では最後の未捜索地帯を捜索します。



ここに集まったメンバーの中には・・・

べあお大門


こんな方も・・・

20キロ圏内の真反対からやってきた「べあ男」さん参上

しかも「こらそこの怪しいヤツ」だってさ(*・ω・)ノ




「あんたが一番怪しいっての」





捜索は大変です。
当てのない作業ですが、みんな必死です。



未熟ながらも「捜索隊副隊長」をさせて頂きました。


捜索パパ

気温は上がりましたが浜風があったのと、

浮いた高速代で買った「夏用作業着」「速乾Tシャツ」に助けられました


20名程が等間隔で横一線に並び、鉄棒を地面に突き刺しながら、
土を凝視してゆっくりと進んで行きます。


捜索の詳しい写真は掲載を控えます。


怪しいところを懸命に捜索。 途中、写真やアルバム・ランドセル等を回収。


可哀想な事にワンちゃんが横たわっていましたが、小さいお子さんは発見に到らず・・・


昼過ぎまで捜索は進められ、基地に戻ってから昼食を頂きました。


好物の「のり弁」。 NPOさんからの差し入れだそうです。


のり弁


振り向くと窓の外には20キロ検問のランプが点灯しているのが見えます。

警察車両

隣の敷地は警察車両の基地になっています。

九州ナンバーです・・・

彼らも遠くから戦いに来ています。


20キロ地点で食べる「ちくわの天ぷら」」はなかなかオツです(。・ω・)ノ゙


この後は、広場にて写真の洗浄をする事に。


被災された方が写真を欲しがっていらっしゃるとの事。


「ボランティセンターに持って行かれては?」と進言しましたが、


色々と事情がおありの様子・・・


急遽、臨時の「思い出お返し隊」を編成する事になりました。



「公式」も「非公式」もなく、


みなさんに思い出をお返しするだけです。



私以外は全員未経験。


災害ボランティアセンターとは違い道具も揃っていません。


鹿島区役所で遺留品洗浄を手探りで始めた時を思い出します

大甕運動洗浄

既に二ヶ月以上が経過していますが、

現場から復元可能な物を厳選させて頂いた為、順調に作業が進みます。


「臨時隊長のたぬき」が云う事はいつもと同じです。


「この作業はとても前向きな作業です☆ 務めて明るくいきましょう!」

「これは遺品ではなく思い出の品です、生きてる方も沢山いらっしゃいます」

「いつの日か復興の一歩を踏み出された時の、心の支えになる一枚をお返ししましょう」



タオルすら揃っていませんが皆、奮闘してくれています。

幸い日差しが強いので、この日の内に大部分を洗浄し乾燥するところまで進みました



埋もれた側溝の泥を掻き出し、梅雨に備えて排水道を確保しつつ同時に捜索をする

「泥掻き部隊」も帰って来ました。


無限の体力が求められるこの部隊は疲労困ぱいで帰還。

本当にお疲れ様でした。


九州から来た「朽木君」も実はこの「捜索隊参加」の為に来たそうです。

東京での仕事仲間「山中」さんも夜中に車を走らせ駆け付け来られました。


他にも「藤田」さん「本村」さん「宮崎」さん「横山」さん他、
まだ南相馬市が屋内退避区域だった頃のメンバーが居ました。


「仲間を誘うべきではない作業」との判断から誘い合いはしませんでしたが、

顔が分かるだけで「思い出お返し隊初期メンバー4人」を初め8人も

べあ・本村

道の駅に戻り、べあ男さん・本村さんと共に。

べあ男さんは疲れたみんなの心を癒し、
本村さんは抜群のセンスで「思い出の展示」を1から考えて下さった方です。




警察・自衛隊・消防団・地元の方・ボランティアと、皆必死です。 


首都圏で原発のニュースばかりみていると不安になるでしょうが、


故郷を捨てると云う事はそう簡単には出来ないものです。



議論や意見ばかりになってしまいがちですが、


現地で踏ん張っている方が沢山いると云う事を

ちょっとでも分かって頂きたいので書いてます






一日の作業が終わりました。


この日はテントではなく、懐かしの面々が泊まっている一軒家にお邪魔しました。

ハウス内

サーフィンの話をしてくれた「地元の鈴木さん」がボランティアの為にと持って来てくれた、
低反発マットの上に寝袋を敷いて寝ます。


銭湯で汗を流して缶ビールをゴクゴクっ・・・・



く〜っ  「麦とホップ」が身体に染みやがるぜ〜





明日も捜索隊です、頑張るぞ。




では、おやすみなさい