4/8 三日目の朝です。
この日も6:30に起床。
寒かった相馬地方も少し温かくなってきましたが、
先週まで朝は氷点下だったそうです。
しかし東京では満開の桜も、ここでは未だ開花せず。
もはや恒例になった野外朝食ターイム(☆゚∀゚)
レトルト御飯に「おとなのふりかけすき焼き味」を

野外で食べる「ふりかけ御飯」はめっちゃ美味しいよ

(だから屋内退避地区だってばよ
)
実はここ「南相馬市」は放射能値がビックリする位低いのです

(託児所チームの大久保さんと)
美味しく食べて朝のミーティングに参加。

日々メンバーが増えていくのが分かります。
半分以上は県外からの参加ですがみんなやる気満々
実は昨夜のうちにボードを見て、
「今日の作業の募集内容」をチェックしておきました。

狙いを定めたのは4番の「遺留物洗浄」 (・◇・)ゞ
基本的には前日行った作業へと優先的に振り分けられるのですが
ここで少し我侭をさせて頂き・・・
託児所は「加藤」さんに任せて、遺留物洗浄に手を挙げます
この日は8名で出動。
市役所衛生課の上野さんと鹿島区へ向かいます。
移動はメンバーの自家用車。
北九州から単独参加の職人「得さん」の車に相乗りさせて頂きました☆
センターから約6キロ程でしょうか、「鹿島区役所」に到着

南相馬市は「原町市・鹿島町・小高町」が数年前に合併して誕生した市で、
小高区は現在20キロ以内の為非難指示がでています。
裏のガレージには、鹿島地区の浜辺で回収された「遺留品」が山積みにされていました。

取り合えず「泥落とし班」「整理陳列班」の二手に分け作業を開始します。
二日程作業をされたようですが、
「正しい作業法」と云うのがありません。

消防団の方が捜索現場から「大切な思い出」を持ち帰って下さっています。
これを綺麗にして、持ち主さんにお返しする作業を進めていくのです。
「アルバム」「バラ写真」「位牌」「かばん」「ランドセル」「卒業証書」
など等・・・

始めは写真に見入ってしまい、胸が締め付けられます。
しかし、すぐに考えを変えました
これは「遺品」ではなく「遺留品」。
警察用語で「落し物」というような意味なんです。
亡くなられた方も元気にされている方も居られますが、
すべてを無くしたと思った所からもし「一枚の写真」が見つかったら・・・
いつか復興の気持ちになれた時にどんなに心強いだろうかと思い、
全力で頑張る事に決めました(*・ω・)ノ
そう、これは
「きわめて前向きな作業」なのです


奈良で育った子供のたぬきは、
「火事になったらお金よりも位牌を持って逃げるんだ
」
という話を母から聞いた事があり、その話が何故かずっと心に残っていました。
いつも仏壇に声を掛ける母の影響か、小学校から誰もいない家に帰っても
仏壇に向かって「ただいまっ
」と声を掛ける習慣があったのです。
そんな育ちの所為か、大津波の映像を見た時から「位牌」の事が気になっていました。
命からがら逃げたお爺さんお婆さんが、位牌を流された事でどれだけ御先祖様に申し訳なく思っておられるかって。
「よし一つでも多く綺麗にして絶対に家族に返す
」
「無理でもお寺に運んで供養してもらう
」
と強く心に決め作業に掛かります。

洗浄班は、海水に浸かった品をある程度まで綺麗にすることとします。
手掛かりとなる「顔・名前」が一つ以上判別出来るようなレベルまで。
「広く浅く」で大量の品をさばく事を優先事項とさせて頂きました。
ほとんど道具もありません。
役所の方も手探りなので、各メンバーの人生経験が勝負となります。

(森永乳業さん椅子にしてゴメンナサイ
)
ここである程度洗浄した物を「たぬき」が隣の「陳列班」のところにもって行きます。
品物が散乱しているので、少しずつ作業スペースを確保しながらの作業になります。
「陳列班」は和歌山から駆けつけた「爆やん」&「本村」さんが中心に。

このお二人は「インテリア・整理の達人」でした(*・ω・)ノ
「爆やん」は名前の無いアルバムすべてに目を通しヒントを見つけ出します。
写真から「何々高校」とか「〜温泉慰安旅行」と云ったキーワードを探し出して付箋に書き、
探しに来た方が判別しやすいように整理していってくれます。

地面に散乱していた「思いで」がつぎつぎと陳列されていきます。
この整理により、ブルーシート上のスペースを確保。
「本村」さんは針金を切ってS字にして
壁にかけ、品を見やすくそして作業場を広くしてくれます。

そして「位牌」も僅かなスペースに工夫をし、見やすくなるように。

みなさんそれぞれが「工事や設計のプロ」であったりします。
手探りの状態で始めたのが知恵を出し合いみんなの意気込みと共に、
少しずつ形になっていきます
洗浄にはかなりのホコリと匂いが付きまといます。
でも誰一人文句なんかは言いません。
手伝いをする為に仕事を休んで、
全国から車に食料と寝袋を積み込んで駆けつけて来た方達です
。
お昼休憩です(*・ω・)ノ
昼食は自前です。
役所の方にお願いして「お湯」を用意して頂きました。
寒いので「カップラーメン」が本当に美味しく感じます。

貸して頂いた会議室はちゃんと清掃してから作業に戻ります。
当たり前の事を当り前にちゃんと出来るメンバー
午後になると、皆さんの手付きが職人のようになり、作業が益々捗ります

一日の仕事が終わったみんなの手には地元の方から頂いた「バナナ」
夕食に美味しく頂きました☆
センターに戻ってミーティングで作業報告をし、日報を書きます。
もっとも未熟な「森のたぬき」がリーダーを勤めさせて頂いた
「遺留品洗浄隊」。
とてもやりがいのある仕事です(*・ω・)ノ
夜はセンターの初代寮長の「安部」さんの送別会です。
(右から二人目)
全くボランティアセンターが整っていない頃から頑張られました。

左から プロカメラマンの「ピチョリ」さん。
広島からの「播磨」さん。
青森からの「ベアお」さん。
孤立したお年寄りへの「物資配送&安否確認班」の面々です。
みんなとても素敵な方々です。
食卓には普段見慣れないご馳走が並びました
ちょっとちょっと何処からそんな豪華な食料を調達して来たの〜Σ(゚д゚;)

楽しく食べて話して夜は更けていきます。
直にでも作業に戻りたい・・・
早く朝にならないかな
この日も6:30に起床。
寒かった相馬地方も少し温かくなってきましたが、
先週まで朝は氷点下だったそうです。
しかし東京では満開の桜も、ここでは未だ開花せず。
もはや恒例になった野外朝食ターイム(☆゚∀゚)
レトルト御飯に「おとなのふりかけすき焼き味」を

野外で食べる「ふりかけ御飯」はめっちゃ美味しいよ
(だから屋内退避地区だってばよ
実はここ「南相馬市」は放射能値がビックリする位低いのです

(託児所チームの大久保さんと)
美味しく食べて朝のミーティングに参加。

日々メンバーが増えていくのが分かります。
半分以上は県外からの参加ですがみんなやる気満々
実は昨夜のうちにボードを見て、
「今日の作業の募集内容」をチェックしておきました。

狙いを定めたのは4番の「遺留物洗浄」 (・◇・)ゞ
基本的には前日行った作業へと優先的に振り分けられるのですが
ここで少し我侭をさせて頂き・・・
託児所は「加藤」さんに任せて、遺留物洗浄に手を挙げます
この日は8名で出動。
市役所衛生課の上野さんと鹿島区へ向かいます。
移動はメンバーの自家用車。
北九州から単独参加の職人「得さん」の車に相乗りさせて頂きました☆
センターから約6キロ程でしょうか、「鹿島区役所」に到着

南相馬市は「原町市・鹿島町・小高町」が数年前に合併して誕生した市で、
小高区は現在20キロ以内の為非難指示がでています。
裏のガレージには、鹿島地区の浜辺で回収された「遺留品」が山積みにされていました。

取り合えず「泥落とし班」「整理陳列班」の二手に分け作業を開始します。
二日程作業をされたようですが、
「正しい作業法」と云うのがありません。

消防団の方が捜索現場から「大切な思い出」を持ち帰って下さっています。
これを綺麗にして、持ち主さんにお返しする作業を進めていくのです。
「アルバム」「バラ写真」「位牌」「かばん」「ランドセル」「卒業証書」
など等・・・

始めは写真に見入ってしまい、胸が締め付けられます。
しかし、すぐに考えを変えました
これは「遺品」ではなく「遺留品」。
警察用語で「落し物」というような意味なんです。
亡くなられた方も元気にされている方も居られますが、
すべてを無くしたと思った所からもし「一枚の写真」が見つかったら・・・
いつか復興の気持ちになれた時にどんなに心強いだろうかと思い、
全力で頑張る事に決めました(*・ω・)ノ
そう、これは
「きわめて前向きな作業」なのです

奈良で育った子供のたぬきは、
「火事になったらお金よりも位牌を持って逃げるんだ
という話を母から聞いた事があり、その話が何故かずっと心に残っていました。
いつも仏壇に声を掛ける母の影響か、小学校から誰もいない家に帰っても
仏壇に向かって「ただいまっ
そんな育ちの所為か、大津波の映像を見た時から「位牌」の事が気になっていました。
命からがら逃げたお爺さんお婆さんが、位牌を流された事でどれだけ御先祖様に申し訳なく思っておられるかって。
「よし一つでも多く綺麗にして絶対に家族に返す
「無理でもお寺に運んで供養してもらう
と強く心に決め作業に掛かります。

洗浄班は、海水に浸かった品をある程度まで綺麗にすることとします。
手掛かりとなる「顔・名前」が一つ以上判別出来るようなレベルまで。
「広く浅く」で大量の品をさばく事を優先事項とさせて頂きました。
ほとんど道具もありません。
役所の方も手探りなので、各メンバーの人生経験が勝負となります。

(森永乳業さん椅子にしてゴメンナサイ
ここである程度洗浄した物を「たぬき」が隣の「陳列班」のところにもって行きます。
品物が散乱しているので、少しずつ作業スペースを確保しながらの作業になります。
「陳列班」は和歌山から駆けつけた「爆やん」&「本村」さんが中心に。

このお二人は「インテリア・整理の達人」でした(*・ω・)ノ
「爆やん」は名前の無いアルバムすべてに目を通しヒントを見つけ出します。
写真から「何々高校」とか「〜温泉慰安旅行」と云ったキーワードを探し出して付箋に書き、
探しに来た方が判別しやすいように整理していってくれます。

地面に散乱していた「思いで」がつぎつぎと陳列されていきます。
この整理により、ブルーシート上のスペースを確保。
「本村」さんは針金を切ってS字にして
壁にかけ、品を見やすくそして作業場を広くしてくれます。

そして「位牌」も僅かなスペースに工夫をし、見やすくなるように。

みなさんそれぞれが「工事や設計のプロ」であったりします。
手探りの状態で始めたのが知恵を出し合いみんなの意気込みと共に、
少しずつ形になっていきます
洗浄にはかなりのホコリと匂いが付きまといます。
でも誰一人文句なんかは言いません。
手伝いをする為に仕事を休んで、
全国から車に食料と寝袋を積み込んで駆けつけて来た方達です
お昼休憩です(*・ω・)ノ
昼食は自前です。
役所の方にお願いして「お湯」を用意して頂きました。
寒いので「カップラーメン」が本当に美味しく感じます。

貸して頂いた会議室はちゃんと清掃してから作業に戻ります。
当たり前の事を当り前にちゃんと出来るメンバー
午後になると、皆さんの手付きが職人のようになり、作業が益々捗ります
一日の仕事が終わったみんなの手には地元の方から頂いた「バナナ」
夕食に美味しく頂きました☆
センターに戻ってミーティングで作業報告をし、日報を書きます。
もっとも未熟な「森のたぬき」がリーダーを勤めさせて頂いた
「遺留品洗浄隊」。
とてもやりがいのある仕事です(*・ω・)ノ
夜はセンターの初代寮長の「安部」さんの送別会です。
(右から二人目)
全くボランティアセンターが整っていない頃から頑張られました。

左から プロカメラマンの「ピチョリ」さん。
広島からの「播磨」さん。
青森からの「ベアお」さん。
孤立したお年寄りへの「物資配送&安否確認班」の面々です。
みんなとても素敵な方々です。
食卓には普段見慣れないご馳走が並びました
ちょっとちょっと何処からそんな豪華な食料を調達して来たの〜Σ(゚д゚;)

楽しく食べて話して夜は更けていきます。
直にでも作業に戻りたい・・・
早く朝にならないかな

コメント
コメント一覧 (2)
マスコミが入らない地域。
被災された方々がナニをしたというのでしょう。
行き所のない憤りのみ。
長い長い時間が掛かります。
明るい事にも目を向けながらずっと応援していこうと思います。
すくわかさんの救援物資で瓦礫撤去がはかどりますよーに